海の中から空の上まで地球上の風景をお届けしている旅のブログです。
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by ol-lonlyplanet | 2017-04-09 00:00 | Germany | Comments(0)
ゲーテ街道400キロの旅 ゲーテとワイマール
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ザクセンのカール大公は以前から尊敬していたゲーテを宮廷顧問に任命しました。26歳になったゲーテは、ワイマール公国のカール・アウグスト大公に招かれてワイマールで暮らします。アウグスト公は当時まだ18歳。26歳のゲーテはアウグスト公から兄のように慕われダンスや演劇を楽しんだといわれています。その後、ゲーテはシラーやヘルダーといった文化人たちをワイマールに招き、ドイツ古典主義の文化都市として一大黄金期を迎えるに至りました。

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ワイマールの駅から2キロほど南に下ったところにあるイルム公園には、ゲーテが最初に住んだ家が残されています。可愛らしい家はガーデンハウスと呼ばれ、庭はバラや果樹、草花が植わり小さなテラスも備わっています。ゲーテはこの家を気に入り、後にワイマールの一等地に暮らすことになっても、度々安らぎに訪れていました。

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ワイマール一丁目一番地にあるゲーテが亡くなるまで暮らした家は、博物館として公開されています。部屋ごとに色が塗り分けられ、仕事部屋、研究室、図書室、リビング、キッチン、寝室などたくさんの部屋があります。仕事部屋には大作「ファウスト」を書き上げた立ち机が置かれています。

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ゲーテが息を引き取った寝室。「ファウスト」を書き上げた翌年の82歳で死去。ゲーテの棺は、シラーの棺と並んで安置されています。作家として、政治家として、さらに地質学や光学、解剖学、植物学にも興味を持って研究していたゲーテ。恋もたくさんした。歴史上もっともエネルギッシュな人物ではないでしょうか。

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ゲーテの家の前にあるレストラン「ツム・ヴァイセン・シュヴァン (白鳥亭) 」は、ゲーテの行きつけのレストラン。夜更けまでワインを楽しんでいたといいます。

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白鳥亭ではテューリンゲンの伝統料理を中心に提供しています。ワイマール名物の玉ねぎを使ったオニオンスープと玉ねぎのキッシュは見逃せません!

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さらに白鳥亭は、過去に天皇・皇后両陛下も訪れている名誉あるレストランであります。


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日本では、ソーセージと言えば、フランクフルトですが、ドイツでソーセージと言えばテューリンゲンの焼きソーセージ。街角のインビス(屋台)で食べられます。
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中でもおすすめはマルクト広場の屋台。ソーセージの大きさにびっくり。バンズはもはやソーセージを掴むグローブ代わり。表面は香ばしく肉汁がたっぷり。ハーブが練りこんであるので香りも良く、ぺろっと食べてしまいます。

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ワイマールの中心地にある「ホテル・エレファント」は開業1696年。300年以上の歴史を持つ5つ星の名門ホテル。かつてトーマス・マン、アインシュタイン、プーチン大統領、アドルフ・ヒトラーといった著名な人物や、VIPが宿泊するホテルとして名高いホテル。でも料金は控えめ。

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伝統を残しつつも公共スペースや客室はモダンなインテリア。エレガントだけど気取らない理想のホテルです。


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螺旋階段にはゲーテをはじめ、詩人たちの言葉が刻まれています。
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ホテルからすぐ近くの世界遺産にも登録されている世界一美しい図書館「アンナ・アマリア図書館」もお見逃しなく!

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ロココ様式ホールの上を見上げると吹き抜けになっており、天井には絵が描かれています。どこを見ても美しい装飾が施され、思わずため息がでるほどの図書館ですが、2004年に漏電により大火災に見舞われ、建物の屋根裏や、約50000冊が焼失し、62000冊が損傷しました。傷んだ本はひとつひとつ手作業で修復し、今も修復は続きます。図書館内は修復され、火災以前の姿を見ることができます。












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by ol-lonlyplanet | 2017-04-02 08:20 | Germany | Comments(0)
ゲーテ街道400キロの旅 麗しきドレスデンの街並み
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エルベ河畔に広がるドレスデンは、18世紀前半にザクセン王国の初代国王フリードリヒ・アウグスト1世によって建設された古都。美意識の高いこの街をゲーテは「この美しい場所そのものが、ひとつの信じがたい宝」だと言葉を残しています。

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湖岸に整列する壮麗な建築群を眺めるなら、ボートクルーズが一番。外輪船でエルベ川を90分の旅にでます。

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この景観こそゲーテが「ヨーロッパ随一のバルコニー」と賞したブリュールのテラス。現代でもこの華やかさに驚かされます。旧市街を過ぎると、古い貴族の屋敷と小さなブドウ畑が点在する優雅な風景が続きます。世界遺産の登録後に建設され、登録抹消の原因となった橋を通過して、再びドレスデンへと戻ります。

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クルーズ船を降りて旧市街を散策。街は第二次世界大戦での空爆により、全体の80%が破壊されました。戦後復興が進み、歴史的建物が再建されていきましたが、聖母教会フラウエンは長らく瓦礫のままでした。復興が始まったのは東西ドイツ統一後。世界中から多額の寄付が集まり、瓦礫となったパーツを、一つ一つ元の場所に戻す手作業で、2005年に完成しました。

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煌びやかな装飾と上品な色合いの内装にしばし見とれてしまいます。

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アウグスト通り沿に描かれた「君主の行列」というタイトルの壁は、マイセン陶器タイル25000枚を使用した高さ8m,長さ102mに及ぶ壁画。1872年~1876年にかけて描いた全長102mの壁画を1907年にマイセンの磁器タイルに転写されたもの。奇跡的に戦火を逃れ、ほぼオリジナルの状態で現存しています。

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ザクセン州立歌劇場は1841年にゲーテの戯曲「トルクァート・タッソ」で幕を開け、その後はワーグナーの「リエンツィ」、「タンホイザー」が初演された劇場としても有名。劇場の前に立つのはゲーテとシラーの銅像。
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ドレスデン城の宝物館。歴代ザクセン選帝侯が収集した3000点以上の宝飾品が展示されています。8つの部屋は「象牙の間」「銀の間」など貴重な宝飾品の数々に目が眩みます。ザクセンの権力をまざまざと見せつけられます。特に「ムガール 帝国皇帝の宮廷」の緻密なミニチュアは、ずっと見ていたいくらい目が釘付け。

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旧市街から橋を渡ったところにある有名な牛乳屋さんへ。ドレスナー・モルケライ・ゲブリューダー・プフントは「世界一美しい乳製品の店」としてギネスブックに登録されています。

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ヴィレロイ&ボッホ社による手描きタイルで埋め尽くされた店内は、確かに美しすぎる。チーズなどの乳製品の他にも、ミルク石けん、ミルクバスソルト、チョコレートなど、パッケージも美しい、お土産に最適なプロダクトが並びます。フレッシュな牛乳も駆けつけ一杯1ユーロでいただけます。
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今や日本でもクリスマス時期にはその名をよく耳にするようになった「シュトレン」はドレスデン生まれ。ここではミニサイズもあるので、こちらもお土産にぴったりです。
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おすすめは、ドレスデンで500年以上続く老舗のエミール・ライマン。日本でもクリスマスになるとデパートで¥5600で販売されていますが、本場で買えばミニサイズで5ユーロ。かなりお得感あり。フラウエン教会のすぐ近くに店舗があります。

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日が暮れた後の旧市街はオレンジ色に灯され、一層ロマンチックです。
 

ザクセンの栄光に浸るなら、旧市街の中心に立つ1786 年の創業の由緒あるホテルです。フランツ・リストが定宿としても知られています。2006年にシュタイゲンベルガー・ホテルとして再建され、数多くの要人を迎えています。

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最上階の部屋は屋根裏風で隠れ家のような雰囲気。窓からはフラウエン教会が見えます。2Fの広場に面したテラスでの優雅な朝食も、ドレスデンの素晴思い出になるでしょう。

















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by ol-lonlyplanet | 2017-04-02 00:00 | Germany | Comments(0)
ゲーテ街道400キロの旅 ゲーテとシラーとレンズの聖地イェーナ
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ゲーテはワイマール公国の高級官吏であると同時に、熱心な自然研究者でもありました。自然科学分野に関する論文も執筆したゲーテの研究の場がイェーナでした。そしてイェーナは世界最高の光学技術を誇る「カールツァイス」発祥の地。

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ゲーテがナポレオンに謁見した街エアフルトから鉄道で東へ30分のところにある大学都市イェーナへ。イェーナ・パラディース駅で降りて、北へ徒歩10分ほど歩き「光学博物館」へ。ここは光学技術研究が盛んな街で、世界のレンズ「カールツァイス」が生まれた街。

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展示ブースは一階、地下、二階、ツァイスの工房を再現した部屋と見応え充分。ツァイスファンのみならず、観光スポットとしてもおすすめ。日本語のオーディオガイドも1ユーロで貸してくれます。ギフトショップでは軍も使用している双眼鏡など販売。遠くまでよく見えそう。

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光学博物館のすぐ近くにあるショッピング・モール「ゲーテ・ギャラリエ」に入ると迎えてくれるのがカールツァイス社製のプラネタリウム。銘板もそのまま残っています。1985年からイェーナのカールツァイス・プラネタリウムで使用されていたもの。

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アンペルマンの歩行者用信号機が、ここが旧東ドイツであったことを物語っています。人形のほうが心理的にも効果ありそう。

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1558年創立の名門公立シラー大学。通称イェーナ大学。18世紀にゲーテの後援者でもあった大公カール・アウグストが大学の保護者となり、ゲーテのはからいでシラーはここで教鞭をとることとなりました。

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イェーナ大学附属の植物園。ゲーテはイェーナを度々訪れて、ここに多くの植物を植えて研究を続けたそうです。当時植えられたイチョウの木は今も秋になると銀杏を実らせいます。

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ゲーテがシラーと出会い友情を深めたのがイェーナでした。シラーはここで教鞭を取りつつ創作活動を続け、多くの詩を残しています。大学から徒歩10分も満たないところにシラーの「シラーのガーデンハウス」と呼ばれる家があります。

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家は各部屋それぞれミュージアムになっています。ゲーテといい、立って書くのは当時の流行のようです。
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細長い建物はシラーの仕事部屋。ここで創作活動をしていました。
 
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階段を上って部屋を覗いてみると、隠れ家風でなかなか快適そうです。
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ゲーテとシラーは、1794年にイェーナで開かれた植物学会から交流が始まります。この時ゲーテは40代、シラーは30代。庭のテーブルでシラーとゲーテはよく向かい合って座り、植物や文学について長いこと話し合っていたそうです。


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ランチはマルクト広場に近い「Zull Noll」へ。伝統料理をはじめ、ベジタリアンメニューもあります。

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肉続きの日々だったため、今日は野菜のローストとチーズのグリル。ドイツにはジャガイモとザワークラウト以外にも、彩り野菜がたくさんありますよ!チーズも野菜もとても美味しいので肉に疲れた人はベジタリアンメニューをトライしてみて!













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by ol-lonlyplanet | 2017-03-26 00:00 | Germany | Comments(0)
ゲーテ街道400キロの旅 ナポレオンとゲーテが出会う町エアフルト
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タンホイザーの舞台になった城があるアイゼナハから鉄道で東へ30分
エアフルトは、742年に建都した歴史ある町。
第二次世界大戦による被害も少なく、教会や修道院、
古い木組みが数多く残り中世の繁栄を今に伝える
寄り道するのにちょうどよい大きさの町。

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ゲーテが初めてエアフルトを訪れたのは1765年。
ライプツィヒの大学へ進学した16歳から幾度となく
エアフルトを訪れます。そしてゲーテが敬愛するマルティン・ルターは
エアフルトの大学で5年間哲学の勉強をしています。
そしてゲーテの大ファンだったナポレオンは1806年にエアフルトを侵攻し
かつてマインツ大司教が築かせたペータースベルク要塞を軍事拠点にします。

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エアフルトの駅から北に10分ほど歩いたところにあるのが
1808年にナポレオンが王侯会議を開いたカイザー・ザール(皇帝の広間)
大学の舞踏会用のホールで、ゲーテが舞台監督を務め、シューマンやリストが演奏し
シラーの「ドン・カルロス」の初公演が行われた由緒あるところ。
ホールは現在、イベントなどで使用されています。
決して広くはありませんが、白いバルコニーと天井画が優美なホールです。

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ゲーテの「若日のウェルテル」の大ファンだったナポレオンは
エジプト遠征に持参し7回も読み返したそう。ゲーテファンのナポレオンは
今日の州庁舎に招き謁見した際、ゲーテにレジオン・ド・ヌール勲章を授けています。
レジオン・ド・ヌール勲章といえば、昨年、世界の北野武が
同勲章を授かったことで話題になりましたね。

こちらのナポレオン人形は、カイザー・ザールの館内で出迎えてくれるのですが
微妙にリアルでコワイ。ナポレオンの身長は168mと小柄だったのですが
この人形は150cmにも満たない。それはデフォルメしすぎじゃない?


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カイザー・ザールの前の道をまっすぐ進むと、川の上に家が建つクレーマー橋。
        
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「商人の橋」を意味するこの橋は、木組み家屋付きの石橋で
路面店が軒を連ねるショッピングストリート橋。
11世紀に建造されたこの橋は、フィレンツェにある
ポンデ・ヴェッキオ橋よりも100年以上古いのです。

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橋の上の「ゴールドハイム・ショコラーデン・マニュファクチュア」
はドイツ国内でも人気のチョコレート専門店。
口に入れた瞬間にとろけ出す濃厚な香りと滑らかな舌触りは極上。
お値段もリーズナブルでお土産にぴったり。

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橋の上はカフェや雑貨屋などが軒を連ねる賑やかな通り。
橋の両側のショップを覗きながら歩くのがたのしいところです。

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可愛らしいディスプレイの古本屋さん。店内を覗いてみたくなります。
 
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クレーマー橋を渡り、10分ほど歩くと大きなカテドラルが見えてきます。
見上げるような聖マリア大聖堂とゼヴェリ教会
その間にはドーム広場から大階段が続きます。

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内部は薄暗く、わずかな光が祭壇のイエスを照らしていました。

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華麗な祭壇やステンドグラスは、かつてこの街が繁栄していた証。
大聖堂の中にはステンドグラス、マリア祭壇画など貴重な美術品があるので
時間をたっぷり取っての見学がおすすめ。

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日が暮れた後のカテドラルはとても美しいです。
12月は広場でクリスマス・マーケットが開催されています。

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振り向けば旧市街も、イブニングドレスに着替えたかのような
優美な姿になっていました。ちょっと立ち寄りがいいといいましたが
夜の町を眺めて1泊くらいするのもいいですね。


















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by ol-lonlyplanet | 2017-03-19 00:00 | Germany | Comments(0)
ゲーテ街道400キロの旅 ゲーテとバッハとルターとタンホイザー   

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ドイツ中部の豊かなテューリンゲンの森に囲まれた小さな町アイゼナハ。ゲーテやルター、バッハとの縁も深く、丘の上のヴァルトブルク城は世界遺産。あまり表舞台に登場しませんが、中世ロマン漂う街並みが人気の観光地です。

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アイゼナハの駅から15分ほどあるいたところにある「バッハハウス」は、バッハに関する資料や視聴覚室がある記念館。バッハはアイゼナハで生まれ、少年時代までここで過ごしました。記念館はバッハ親族の住まいだった建物を改造したものです。

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館内に入ると、ちょうどチェンバロよるミニコンサートが始まるところでした。
この部屋にはバロック時代の貴重な弦楽器や楽譜が展示されています。

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ミュージックルームではカプセルのような椅子に座って
バッハの世界に浸ることができます。

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バッハハウスを後に、丘の上に立つバルトブルグ城へ。元気のある人は徒歩で30分。
バスもありますが途中から10分ほど山登りします。
この城のはじまりは1067年。ヴァルトブルク城は、1067年にテューリンゲン伯ルートヴィヒ・デア・シュプリンガーの命で城塞として建設され、その後に増築を重ね、現在の姿になりました。これほど歴史の密度が高い城もそうありません。

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煌びやかな部屋はハンガリーから輿入れしたエリザベートの部屋。王女エリザベートは、14歳の時に城主の息子ルートヴィヒと結婚します。ルートヴィヒが従軍中に死亡すると、城を追い出されてしまいます。その後は貧しい人々の救済に尽力し24歳の若さで亡くなります。その4年後、ローマ教皇の命により彼女は列聖されます。

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12世紀頃、大広間ではミンネゼンガー(吟遊詩人)たちによる歌合戦が日々催されました。その様子を19世紀の音楽家ワグナーが歌曲にしたのが、歌劇「タンホイザー」です。ここがネタ元だったのですね。

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この城が有名な理由のひとつとして、宗教改革者ルターとの関係が挙げられます。1521年にルターはローマ教皇から破門された上に、神聖ローマ皇帝カール5世からも帝国を追放されます。そんな彼をこの城にかくまったのがザクセンのフリードリヒ3世でした。

かくまわれていた約1年の間に、当時ラテン語以外で記すことを禁じられていた聖書を、1年かけてドイツ語に翻訳し、誰もが読める聖書が完成しました。これは後に、ドイツ語の発展の基礎にも繋がったのでした。
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ルターを尊敬していたゲーテは、自身がワイマール宰相となってからも、ヴァルトブルク城の修復を指示しました。その甲斐あって私たちもこうやって見学できているわけです。ゲーテさんありがとう。

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城の一部として隣接しているホテルのレストランではテューリンゲンの森を眺めながら伝統料理をいただくことができます。ドイツ国内でも一目置かれるテューリンゲンの焼きソーセージもありますよ。








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by ol-lonlyplanet | 2017-03-12 00:00 | Germany | Comments(0)
ゲーテ街道400キロの旅 ゲーテとバロックの町フルダ   
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フランクフルトから東へ110キロ、列車はフルダに到着します。フルダは、ゲーテがライプツィヒの大学からフランクフルトの実家に帰る途中で必ず宿泊した街。模範的な修道院の街としてローマ法王から様々な優遇を受けて発展した宗教都市。みごとなバロック様式の建造物が多く見られる「バロックの街」とも呼ばれています。

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18世紀初頭に建てられた美しいバロック様式の市宮殿はかつてフルダ領主司教の私宅。
当時司教に与えられた絶大な富と権力を象徴しています。

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華やかな大広間では市議会が開かれます。
議会よりも晩餐会のようがしっくりきます。

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マイセンによく似た素晴らしい磁器は、以前この地方で焼かれていたフルダ焼き。
途中で粘土の入手が困難となり、採算が合わないという理由から
わずか25年で製造が打ち切られた幻の陶磁器といわれています。
ちなみにブラウン管を発明したフェルディナント・ブラウンさんはフルダ出身なのだそう。
ブラウン管の仕組みが館内に展示されています。

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市宮殿からも見えるバロックの威厳あるカテドラルには、フルダの守護聖人である聖ボニファティウスが眠っています。ボニファティウスは744年に、フルダにベネディクト派の修道院を創設し活動範囲を広げていきました。その約10年後、ミサの最中に異教徒に襲われ殉教。その後ドイツの聖人となりました。

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ボニファティウスの墓は主祭壇の下にあり、地下へ下りる階段で行くことができます。

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石畳の路地に温かな明かりが漏れていい雰囲気です。

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さて、ゲーテ。ライプツィヒの大学に遊学していた1765年、公共交通期間がなかった時代、移動手段として使われていたのが郵便馬車。フルダはフランクフルトからワイマールへと向かう郵便馬車の中間に位置し、停泊地となっていたため、帰省するたびに行きも帰りも必ずフルダで1泊したのでした。

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ゲーテの常宿として知られているのが、「ホテル・ゴールデナー・カルプフェン(金鯉亭)」。ガイドブックなどにもそう書いてあります。ホテルの入り口にある看板には、『ゲーテは1765年10月に初めてフルダに宿泊しました。その後、何度か逗留するうちに“ゲーテの西東詩編”の一部を創作しました。』
と書いてあり「常宿」とは書かれていません。詳しく聞くと、定宿はここでなく、すぐ近くにあった(現存していない)白鳥亭とのことでした。なんという紛らわしい看板。鯉ではなく白鳥だったみたいです。

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ホテル・ゴールデナー・カルプフェンは100年以上続く老舗のガストホフ。
クラシカルな内装の客室からは老舗の風格が滲み出ています。

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各階の通路にはまるでギャラリーのように絵画が飾られています。私が泊まった部屋の階は、何でもデブキャラにしてしまう「ボテロ」コレクション。
毎回、部屋まで行き来が楽しみです。

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1Fはフルダで予約が取れにくい人気のレストラン。予約制の「ゲーテ・メニュー」は、ゲーテの好物などゲーテゆかりの料理を提供するコース。肉ドーンではない上品なコースです。人気なだけあり、とても美味。











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by ol-lonlyplanet | 2017-03-01 00:00 | Germany | Comments(0)
ゲーテ街道400キロの旅 世界のカメラが生まれた町ヴェッツラー   

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ゲーテが甘酸っぱい青春を送った町は、世界のカメラ「ライカ」が生まれた町。町の外れにライカファンの聖地のひとつ「ライツパーク」があります。本社工場の一部が公開され、いつでも誰でも見学できるようになっています。

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ヴェッツラーの駅からは徒歩20分。駅前からバスが運行しています。2014年に完成した35mmフィルムへのオマージュ的なライカ本社ビル。かっこいいデザインです。

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自然光と白い壁でとても明るく洗練された社屋にテンションが上がります。

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ライカが写してきた著名な作家によるドキュメンタリー写真が並んでいます。ここだけでも1時間過ごせます。

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見学通路のガラス張りの向こうは工場で、作業説明がムービーで映し出される仕組みになっています。

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1913年の創設から今日までの歴史年表が壁に描かれています。イラストもかっこいい。

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歴代のすべてのライカカメラやレンズが歴史順に展示されている
「ライカ博物館」でもあります。工業先進国ドイツを見せつけられます。

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屋上に出ると町を一望。本社敷地内に研修施設やホテルを建設中です。

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ライカ・ストアも忘れちゃいけません。オリジナルのライカTシャツやトートバッグ、文具などお土産になりそうなものも販売しています。もちろんカメラも。
日本で買うよりもかなりお得です。

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楽しい見学が終わったらカフェで一息。ここでも白へのこだわりが感じられます。ケーキが美味しかった。
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ヴェッツラーの街角にライカの案内板が掲げてあります。

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一見マンホールに見えますが、この場所に立って35mmフィルムを使用した一号機「ウル・ライカ」で最初の一枚が写されました。

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1913年当時のヴェッツラーの町の風景。当時の服装などが時代を物語っています。

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現在の町の風景。ほとんど変わっていません。100年経った今でも家並みや道まで同じ。ヴェッツラー市民がいかに自分の町に誇りを持っているかが伺えます。














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by ol-lonlyplanet | 2017-02-26 00:00 | Germany | Comments(0)
ゲーテ街道400キロの旅 ヴェッツラー ゲーテが恋に落ちた町

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フランクフルトから鉄道で北へおよそ1時間。木組みの立派な家並みが素敵な小さな町ヴェッツラーへ。ここは、ゲーテが23歳の時にしばらく住んで叶わない恋に落ちた町。そしてカメラ界のレジェンド「ライカ」が生まれた町。町にはゲーテの足跡が今も残り、カメラオタクでなくても行っておきたいミュージアムがあります。

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町を歩くあちらこちらにゲーテの面影をみることができます。ゲーテの人生において、ヴェッツラーは甘く切ない青春の町。失恋物語は「若きヴェルテルの悩み」のモチーフとなり、発売するとたちまち当時の若者の心をわしづかみにしました。各国で翻訳されミリオンセラーとなったのです。あのナポレオンでさえエジプト遠征中に9回も読んだといいます。

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食事中に小説の中で描写されたいで立ちで現れたゲーテ。この服装は小説が大ブレイクした当時、ドイツ中に青い燕尾服に黄色のチョッキと黄色のズボン姿の人が町中にいたそうです。流行の現象はいつでも同じなのだなと関心。さて、この紳士もちろん本物のゲーテではありません。町役場の人がゲーテの姿になって物語を演じてくれます。

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石畳のコンマルクトの一角にある一軒家の2階にゲーテは下宿していました。現在はステーキハウス。
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靴の修理屋さん。窓越しのお仕事風景も絵になります。

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黄色の家の左手に立つ木組みの家は、恋の悩みからピストル自殺をしたゲーテの友人が住んでいた家。友人がした行為は、小説の中で主人公の結末になっています。つまり小説は2部構成になっていて、半分はゲーテもう半分は友人の体験を元に書いているのです。


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ゲーテが恋したシャルロッテが、1753年の生誕から73年の結婚まで暮らした家。ゲーテがここへ足繁く通ったことも記録に残っています。現在は「ロッテハウス」として保存され、博物館として『若きウェルテルの悩み』の初版や史料を展示しています。

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町を歩いていると、時折中世の服装をした人たちとすれ違います。
のどかな木組みの家の街並みを歩いていると、何だか小説の世界を旅しいてるみたいです。









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by ol-lonlyplanet | 2017-02-19 00:00 | Germany | Comments(0)
ゲーテ街道400キロ旅 始まりはフランクフルト「旅行部門」   
第一回プラチナブロガーコンテスト

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ドイツは「ロマンティック街道」や「メルヘン街道」などテーマに沿った
史跡や風景などを結んだ150ルート以上の街道があります。
その一つであるドイツ中央部を東西に走る「ゲーテ街道」は
1990年のドイツ再統一により誕生した東西ドイツを結ぶ最初の観光街道。
フランクフルトからドレスデンまで小さな町から町へ鉄道で旅する約400キロは
ゲーテの物語の他にも、おいしい郷土料理や地ビール、音楽や芸術など
思いがけない楽しみに溢れていました。
大都市から表舞台に出てこない小さな町まで隅々たっぷり案内します!

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旅の始まりは大都市フランクフルト。
ビジネスマンたちが行き交う金融街を抜け
買い物客でにぎわうショッピングエリアを通り
マイン川の南に広がるザクセンハウゼン地区へ。
ここは古風な酒場が軒を連ねる下町エリア。
おいしいお酒とおいしい地元料理を求めて
たくさんの観光客がやってきます。もちろん地元民も。

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ザクセンハウゼンで見逃せないのが、街に古くから伝わる醸造酒のリンゴ酒
「アプフェルヴァイン」。フランクフルターはアップルワインを愛してやみません。
1931年創業のアドルフ・ワーグナーは、地元でも有名な酒場レストラン。
人気店だけあって、ランチタイムから満席のことが多いので
少し時間をずらして行くのがおすすめ。
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日替わりや週替わりのメニューもあり、料理も充実していますが
見逃してはならないのがグリューネゾーセ。
フランクフルト名物のハーブソースです。このソースもまた
フランクフルターが愛してやまないものなのです。
毎年5月にはグリューネゾーセ・フェスティバルが開催され
もっとも美味しいソースを競います。
2016年のチャンピオンがここアドルフ・ワーグナー。
基本はジャガイモとゆで卵にかけて食べるのですが
シュニッツェルにかけて食べるのをおすすめしたい。
ゲーテも好きだったソースだと地元の人は言いますが証拠となる文献はないそう。
いずれにしろゲーテもグリューネゾーセもフランクフルターの誇りです。
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レーマー広場の直ぐ近くにゲーテが生まれてから16歳まで過ごした生家があります。
現在は博物館として運営され、裕福な家庭に生まれた
ゲーテの贅沢な暮らしぶりを伺うことができます。
家は第二次世界大戦で大きなダメージを受けましたが忠実に復元され
疎開させていて無事だった家財道具が戻されました。

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4階建ての家には子供部屋や、書斎、リビンルーム、キッチンなど再現されています。
ゲーテの部屋に置かれていた木製の大きな箱。ゴミ箱のようですが
これがゲーテ25歳のときに出版された「若きウェルテルの悩み」を書き下ろした立ち机。
ゲーテは、小説は立って書いた方が捗ったのだそうです。
ゲーテの胸像や肖像画などが展示されたゲーテ博物館も併設されています。
決して大きな博物館ではありませんがゲーテゆかりの品々や
1700年代の富裕層の暮らしが見られるので、見応えは十分にあります。












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by ol-lonlyplanet | 2017-02-12 00:00 | Germany | Comments(0)